私の実家は秋田市近郊、蛇行する雄物川の河岸段丘の川べりに位置する農村にある。はっきり言って最高いい場所だ。
私の家は農村にあって、農家ではない。
祖父は桶職人だったし、その前は何をして生計を立てていたのか定かでない。
というところからしても、
この農村コミュニティで先祖が舐めてきた辛酸というのは大変なものだっただろう。 幼少の頃、祖母から聞く話はすべて貧困が主役の辛い話だった。
自分は生まれながらにして土民の鼻つまみなのだ、と自覚したものだ。
反骨精神はこのような土壌によって育まれた。
私が今、頑張っていれるのは皮肉なことに、
農村なのに「田圃のない貧家」に生まれたことに由来しているのかもしれない。
時代は変わり、地主や農地が解体され、農業本位の時代が終わり、
父や叔父の代が些細な建設業を興し、高度経済成長の波に乗り、多少生活に余裕は出たが、本質的にはなにも変わってない。
しかし、そんな我が家でも、
たしなむ程度の田圃や畑などは有している。
そこでその畑を実家から借り受け、実際に畑に入って農民になってみよう。
と3年ほど前から構想していたのが農業プロジェクトだ。
まあプロジェクトというほど大げさなものではないが、
やってみれば見えてくることというのもあるだろうと。
実際に触れてみるということで本質を見抜く眼は研ぎ澄まされる。
ということで、今が始動するタイミング。
週末、実際に現場を見に行った。
(田園風景の中に一本の栗の木)
(畑の土-発掘現場ではありません)
検討の結果、第1期は大豆、唐辛子、大蒜、辣韮を植えてみることに。
時期がくればこの畑も胡瓜、茄子、トマト、苺などで賑やかになるだろう。
苺の花はもう咲いていた。
春の畑は最高だなあ。
(苺の花-夏になるとここは苺だらけになる)
(辣韮-こいつが最高ビールに適う)
まあメインで耕すのは、もちろん小作人であるところの相棒です。
(意気込む小作人)
私は土地と金を提供した地主、資本家らしくここは堂々と威張っていようと思いますが、その土地も実は登記上の所有者は東京に住む得体のしれない人物だというところに、自然の畑の中にも、今の秋田の、日本の構造が見えて悲しくなります。この畑に道路や電塔が立つ場合、補償金は東京に流れます。
まあそれはとりあえずいい。
「農」とは何なのか?
その答えは鍬や鋤に聞くしかないじゃないか。
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