先日長岡に行きました。
目的は幕末長岡の英雄「河井継之助」を訪ねるため。
懼れながら自分の考えと多少似ているのではないかと思うところがあって、
興味を持っていたこの河合継之助という人物。
「峠」を読んでからというもの心底、尊敬しています。
(長岡藩のガトリング砲)
あの戊辰戦争の渦中、
西軍東軍別れる日本にあって、
ちっちゃい田舎の藩が一藩武装中立を宣言しました。
ヨーロッパにおけるスイスみたいなものでしょうか。
興味ある方は「峠」を読んでください。
結局は敗れたので地元でも賛否あるといいますが、
30歳を越えた今、竜馬よりもずっーーと魅かれるものがあります。
難しいことは長くなるのでいいとして、
河井継之助生家や北越戊辰戦争の古戦場、
開戦を決意した小千谷会談の会見場などをまわるうち、
かの有名な山本五十六元帥が長岡の人で、
河井継之助を尊敬し、
そしてこれまた会津で散ったかっこいい山本帯刀の跡継ぎだということで、
近くにあった山本五十六記念館に寄ってみました。
正直、太平洋戦争のことは詳しくないので、
疲れもあってかあまり興味なかったんですがいろいろ勉強なりました。
アメリカ通だったこと、三国同盟、開戦に反対していたことなどなど・・。
彼もまた河井継之助の系譜ですね。
末路も似ています。
さすが米百俵の精神。
長岡人には心を打たれます。
ふとみたら、山本元帥の結婚写真。
元帥34歳、奥方22歳なんだそうですが、これがまたもの凄い美人!!!
昔の女性の写真を見るとひどいのばっかりなもんですがこの奥方は別格!
写真のうつりが悪いのが残念ですが、
会津藩士の家の出だということでさすが真の武家の女!
80年前の時空から投げかけてくるような凛としたその眼光!
こんな美人見たことがない!
この写真の前で目が眩み、立ちつくしました。
長岡は見どころいっぱいあって非常に勉強になる。
日本の首都はやはり新潟がいいと思った。
ということを、新潟のある会で主張したら普通にシーーンとしてました。
よろしければクリックお願いします→人気blogランキングへ
河合継ぎの助がやったことは、ナポレオンと一緒で、多くの人を殺して国土を小さくして、次代に申し送っただけにすぎない・・・と。
確かに長岡の人でさえもそういいますよね・・。
ちょっと前までは墓に鞭が備え付けられていたそうです。
しかし、なぜかやっぱりひかれるものがありますね。
楠木正成や土方歳三なんかと一緒で、日本人は滅びの美学に惹かれる物があるようですね。
でも、いかに汚名を受けようとも、国は滅びてはいかんのです。
おっしゃるとおりでございます。
大久保利通のすごみをそういうところに感じます。
継之助も山本元帥も万策尽きてどうにでもなれ的な雰囲気で末路につっこんでいったような気がします。
彼らのvisionというのは現代の東北人の気骨にしみいるものがあります。それだけに残念。