Tiger Uppercut!~ある秋田人の咆哮
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2007 年 2 月 のアーカイブ

でいごの花かく語りき、哀悼

2007 年 2 月 23 日 金曜日

海軍壕入口

近代日本において沖縄戦ほど悲惨な出来事はなかった。
死ぬことを強いられた20万の人々。

彼らが立てこもっていたガマ(壕・洞窟)に入ると叫喚が聞こえてくる。
たかが60年前の出来事。
今立っているこの場所で、この狭い通路で、とりあえず3000人が死んだ。
この迫ってくる凄まじさはどうだろう。
ものすごい鬼気。
今まで経験したことのない哀しみ。
涙もろさに定評のある自分が泣くことさえもできなかった。


(この出口から粗末な武器で斬り込みをかけた 死への扉は天国の入口か)


(司令官室 ここで大田司令官は手榴弾で自決した)

海軍の大田司令官は、

「沖縄県民斬ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」

と遺言した。
それぐらい沖縄県民は塗炭の苦しみを負った。
しかも急遽。
海から海鳥が飛んでくるような気軽さで迫撃砲が飛んできた。

犠牲になった民間人の人々。
お父さん、お母さん、お兄さん、お姉さん、妹・・、みんな死んだ。
みんな死にたくなかったのに死んだ。
ただ、空を見に外に出ただけなのに死んだ。
ただ、畑に花を摘みに行っただけなのに死んだ。
みんな、ここで死んだ。
お別れを言う間もなく死んだ。

戦争とは常にこういうものなのだ、と言い切る自信がなくなった。
「平和」と叫んでイマジンを歌うだけでは
戦争の回避など到底できるわけもないけれども、
どう考えていいのか、考えるべきなのか、瞬時にわからなくなってしまった。
今はただただ、沖縄戦で亡くなった方々の哀しみを思う。
そして当時の日本を指揮していた日本人に天を衝く怒りを感じる。

前略、死んでしまった皆様。
あなた方の犠牲のおかげで今の日本があります。
私たちのために死んでくれた皆様、本当にありがとうございます。

感謝の言葉は百万言でも足りない。
今、真夜中。
これを書いていてようやく涙があふれてきた。
我々はもっとしっかり生きなければならない。

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プロフィール
     投稿者: TU
     紹介: 秋田市在住秋田人。会社を創業、 そして経営。現在30代前半。 人生の真夏。 好きなもの=「秋田」
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